水の星、世界を手に入れる男
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『水の星、世界を手に入れる男』
第37話 ベリチュコフ軍新体制

 ベリチュコフ王国に帰還した女王レイラは軍の再編に取り掛かった。
 最初に手を付けたのはアレクセイの登用である。カーライル王国では大佐に過ぎなかった彼を大将として迎え入れ、参謀総長に任命した。

 かつてベリチュコフ王国を裏切り、さらに今回、カーライル王国を裏切った男は、故国において妬みと疑惑に晒されることになったが、彼が女王の信任を得ているのは明らかであり、大っぴらに逆らおうとする者は居なかった。

 参謀総長となったアレクセイは、軍幹部の人事を完全に掌握した。
 艦長から司令官に至るまで、実戦部隊の新たな任命は、参謀総長アレクセイの名において行われた。

 それまでのベリチュコフ軍は、末端の艦までレイラが直接 指揮していたため、少将・中将クラスの指揮官は、アナスタシヤなど少数の王族に限られていた。
 アレクセイはこれを改め、艦長の中から見込みのある者を独自に選び、艦隊司令官に任命していった。

 新司令官たちは、アレクセイに対して複雑な感情を抱いた。
 たとえ、彼によって抜擢されたという事実があろうとも、裏切りを重ねた者に対する嫌悪感は、なかなか消えるものではない。
 しかしながら、軍制度を一気に抜本改革する手腕もさることながら、すべてをレイラに追認させるその影響力には、誰もが平伏するしかなった。

 実際、彼が参謀総長に就任して以降のベリチュコフ軍は、のちにレイラ=アレクセイ体制と呼ばれるようになる。

――――

 執務室にてアレクセイは女王を諭した。
「今からレイラ様がお会いするのは、セルゲイ大佐です。明日から少将となります。艦長時代に派手な動きを見せたことはありませんが、堅実な判断力を有しており、そこそこ見所があります。彼には第三艦隊を任せますので、信頼関係を構築しなくてはなりません」
「分かっているわ」
 レイラは無表情だったが、声色がわずかに低くなっていた。

「人間関係は第一印象が重要です。目が合ったら、にっこりと微笑んでください」
「はいはい」
「不本意でしょうが、そうでもしなければ、無用な警戒心を相手に抱かせてしまいますので。普段から表情豊かなら、そんな心配もないのですが」

「でも、どうなの? 私がにっこりすると、ほとんどの場合、相手は硬直した後、目が泳ぐようになるのだけど」
「効果に疑問があると? なるほど、そうですか。心配は要りません。実は、もうひとつ秘策がございます」
「と、言うと?」
「下ネタです」
「……?」

「冷酷無比な女王が、笑顔を見せるようになっただけでなく、下ネタにまで走る。なんとも人間味 溢れる側面ではありませんか」
「下ネタねぇ……」
「配下の忠誠心を得るためであり、ひいては、より強き王となるためです。ご考慮して頂ければ幸いです」
「一応、考えておくわ」
「ありがとうございます」

――――

 セルゲイ大佐は入室と同時に言った。
「二十三番艦 艦長、セルゲイ・ルドニコフ大佐であります」
 声には張りがあったが、それは緊張を押し隠すためだった。

 レイラは奥の席に座っていた。
 机に肘を起き、静かに目を閉じている。

「ご苦労」
 声を掛けてきたのは、手前の席に控えているアレクセイ参謀総長である。

 アレクセイは言った。
「お前を呼び出したのは、昇進を伝えるためだ。明日から少将となり、第三艦隊を率いてもらおう」
「畏まりました。国家のために全力を尽くします」
 セルゲイ大佐は即座に応じた。
 すでに同僚が何人も急な昇進を遂げている。自分がこうして呼び出された時点で参謀総長の言葉は読めていた。

「あなたには期待しているわ」
 女王レイラが初めて口を開いた。いつの間にか目を開けている。
 無表情だった女王は、セルゲイ大佐を見据えると、唐突に笑みを浮かべた。

 その途端、セルゲイ大佐は、自分の身体が高く飛び上がったような気がした。
 驚いて足元を確認する。
 両足は地面に着いたままだった。
 錯覚であったことを悟っても、全身を包む浮遊感はなかなか消えなかった。

「楽にして構わん。色々と話がある」
 アレクセイ参謀総長に促され、セルゲイ大佐は椅子に座った。
 腰を落ち着けたおかげで身体の違和感はだいぶ薄れた。

 無表情に戻ったレイラは、席を立ち、セルゲイ大佐に近寄った。
「私も大佐の近くで話をしようかしらね。構わない?」
「異論などあろうはずもございません」
「隣の席に座ることにするわ」
「は、はい」
「それじゃあ……よっこらセックス」
「…………!」

 着席したレイラをセルゲイ大佐はまじまじと見つめた。
 女王の頬は赤くなっていた。
 もしや、照れているのか?  信じがたい事実だった。あの狂気の女王が、下ネタを口にして、挙げ句にそれを恥ずかしがっているとは……。

 捕虜の身から帰還を果たした女王陛下は、以前よりも心が穏やかになられた。軍内ではそのような噂が流れていた。
 セルゲイ大佐は、根拠のない話を真に受けるのは賢明ではないと判断し、意識して頭から切り離していたが、しかしどうやら噂は正しかったようだ。
 最近は粛正も行われていない。
 少なからぬ心変わりがあったのは確実だと見て良いだろう。

 やはり、アレクセイ参謀総長の影響なのだろうか?  だとしたら、この男は今後さらに権力を増大させていくに違いない。
 決して敵に回してはならない相手だ。

 アレクセイ参謀総長は言った。
「お前が率いる第三艦隊は、大規模決戦の際に独立して動き、陽動や側面攻撃を行うことになる。ゆえに独自の判断が求められる」
「はい」
「カーライル王国とは同盟を結んでいるが、期限が切れた瞬間に戦争となる可能性がある。そして、いざ艦隊戦が始まれば、こちらの戦力は早々に無力化されるだろう。むろん、一部だろうがな」

「天位魔法ですね」
「軍全体への影響も無視できない。全艦の通信魔術が不調に陥ることくらいは覚悟しておくべきだ。女王陛下の命令が隅々まで届くことはおそらくあるまい。ただ、近距離の通信まで使えなくなることはさすがにないであろうから、隣接している艦ならば、それほど問題なく交信できるはず。そこで、小艦隊をまとめる各指揮官の動きが重要となってくるわけだ」

 話をするのは主にアレクセイ参謀総長だった。
 女王は黙って座っている。
 下ネタを言いたいがために俺の隣まで来たということなのか? まさかそんなはずはないと思うが……。
 セルゲイ大佐は困惑を隠すのに苦労した。


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