水の星、世界を手に入れる男
Top Page

第一章 第二章 第三章
『水の星、世界を手に入れる男』
第21話 侵攻戦・一

 飛竜隊の戻ったエルバート艦隊は、デューク艦隊とプリシア艦隊を左右に従えて直進を続けた。

 指揮官室で参謀ノアが報告する。
「このまま行けば、すぐに敵と遭遇するでしょう。飛竜隊によると敵艦隊は19隻のようです。敵の左翼艦隊は2隻、中央艦隊は15隻、右翼艦隊は2隻。これに対する我が軍は、左翼艦隊が2隻、中央艦隊が8隻、右翼艦隊が2隻です」

 エルバートは言った。
「敵の意図は明白だな。中央に戦力を集中させている。一気に押し切ってしまうつもりなんだろう」
「ええ。中央突破を狙っているのは明らかです」
「レイラの時とは違って、今回は向こうも戦闘準備をしているから、まともにやりあえば、数の差はまともに出るだろうな」

「無謀ではありませんか?」
「なにが?」
「…………。敵艦の数が多すぎます。勝ち目は薄いと言わざるを得ません。エルバート様が天位魔法を使えるのなら話は別ですけど、現状ではそれが不可能な以上、撤退するべきです」

「無様にも尻尾を巻いて逃走しろと?」
「ですからそう言っているでしょう。今からでも遅くはありません。すっ飛んで逃げ出しましょう」

「はっきり言うねぇ。普通、こういう時は、戦略的撤退とかなんとか、格好を付けて言うもんじゃね?」
「そんなことに意味はないでしょう」
「あるだろ」
「どういう意味があるのです?」
「逃走への抵抗感が和らぐ」

「では言い換えます。戦略的撤退をなさってはいかがですか?」
「厳しい戦いになるのは分かっているが、ここで引くわけにもいかねえんだよ」
「戦略的撤退ではご不満ですか。ならば、戦略的再配置と言い換えるのはどうでしょう?」
「そんな風に言葉だけ取り繕ってどうする」
「抵抗感が和らぐのではなかったのですか……」

「逃げたくないと言うより、戦いたいんだよ、俺は」
「本気ですか?」
「机上演習では、敵艦隊が20隻のパターンもあっただろ」
「確かにありましたが」
「そして勝った」
「計算上では、でしょう。実現性は怪しいのではありませんか」
「そりゃ、すべてが計算通りにはいかないだろうがな。要は、俺の指揮能力次第だろう」

「ベアトリス少佐の力量も大きく見積もりすぎているように思えます。長い奴隷生活を経て、彼女の現在の実力がどの程度になっていることやら」
「その辺は、まあ、やってみなくちゃ分かんねえけどさ」
「やってみなければ分からないというのが大いに問題なのですけれど。それに、敵将が気になります」

「アナスタシヤ・ベリチュコフか。興味深い奴だよな」
「小艦隊を率いて東方各地を転戦し、連戦連勝。警戒すべき相手です」
「とはいえ、今回のような大艦隊を率いたことは無いんだろ?」
「エルバート様もでしょう」
「同じ条件なら絶対に俺が勝つ」
「どう考えても同じ条件ではありません。数が違います」

「ノア。容易に反対意見を取り下げないのは側近として正しい姿だが、俺はすでに戦うことを決めている。お前も勝つことだけを考えてくれ」
「……仕方ありませんね」
 間違った戦略だが、エルバート王子の今後を考えれば、まあ、不利を承知で勝負に出ることも時には必要か、とノアは思う。
 危険な賭けではあるが。

「それにしても、この劣勢にあって萎縮していないとは驚きですね」
「当たり前だろう。どうせ勝つに決まっているんだからな」
「そういう自信過剰なところは直した方が良いですよ。確かにあなたには様々な才能がある。ですが、だからといって、何でもできるというわけではないのです」
「分かっているさ、そんなことくらい」

「とてもそうは思えません。まあ、他人に言われて改善できる類のことではありませんが」
「なら言わなきゃいいだろ」
「他に対処法があるわけでもないので、無駄とは知りつつも口を動かすしかないのですよ。何と言いますか、戦場に出ると人間は意外な本性が露わになるものですが、どうもあなたの場合は、幼稚な精神面が剥き出しになるようですね」
「……ちょっと言い過ぎじゃないか?」

「初めて大艦隊を率いることになった総司令官の様子は、おおよそ二種類に分かれます。緊張で硬くなるか、あるいは、気を昂ぶらせるか。このどちらかです。あなたは後者のようですが、しかしこれは異常ですよ。敵と同等以上の戦力を有しているのならともかく、今はそうではありません。この期に及んであなたが危機感を抱いていないというのは、ちょっとどうかと思いますね」
「ビビってる場合じゃねえんだよ、今は」

「世話役のことが気掛かりなのですか」
「戦闘を前に余計なことを考えるなとでも言いたいのか?」
「その通りです」
「心配するな。この戦いには勝つ。そんでもって、ベリチュコフ西方を一気に征服して、レイラの逃げ道を無くす」
「至難の業であるように思えますがね」
「そうするしかないんだから、そうするだけだ」

――――

 ベリチュコフ艦隊旗艦。
「準備はできております」
 通信兵に言われてアナスタシヤは頷いた。
 総司令官に相応しい威厳のある仕草を意識しながら、ことさら緩慢な動きで魔法陣まで歩く。

 通信魔術のために用意された魔法陣の上に立てば、各艦に声を送ることができる。
 海戦直前の訓示を行うには必須の魔術だった。

 アナスタシヤは大きく息を吸った。
「海戦である! 我らベリチュコフ軍は、レイラ陛下が女王になられて以降、勝利のみを重ねてきた。軍神の力があればこその偉業だが、陛下に付き従ってきた我らの力もまた強大なものであると私は自賛する!」

 各艦の魔法陣に声が届くまで若干の間がある。
 通信魔術を介する限り避けられないことであり、わずか数秒のことに過ぎないとはいえ、アナスタシヤは不満だった。
 総司令官のあたしが直接 士気を高揚させてあげようというのに、これじゃあ締まらないじゃないの。

 まあ、しかし。
 19隻の艦に乗っている約3800人の兵たちが、自分の言葉に聞き入っている。そう思うと、全身から力が漲ってくるのを感じた。

「先の戦いでは女王陛下が捕縛された。これは、カーライル軍が卑劣な手を使ったゆえである。一度限りしか使えない騙し討ちであり、次はない。こと正面からの艦隊戦において、我らが劣る道理はない! 我らは最強のベリチュコフ軍なのだ! 敵を蹂躙せよ! 身の程を弁えずに侵攻してきた蒙昧なるカーライル軍に、どちらが強者であるかを思い出させてやろうではないか!」

 言い終えるとアナスタシヤは周囲を見回した。戦意を高揚させるに充分な弁舌を駆使したつもりであった。
 彼女の視線に、まばらな拍手が応じた。

 期待した反応とは違っていたが、落胆はしなかった。
 旗艦の兵とはよく顔を合わせているので、総司令官の言葉にも彼らは有り難みを感じなかったのだろう。
 通信魔術で演説を聞いていた他の艦の兵たちは、今頃 身体を打ち震えさせているはず。ならば良し。
 アナスタシヤは、溌剌とした声を上げた。
「全艦、戦闘用意!」

――――

 接敵の直前、エルバートは魔法陣の中に入った。
「あー、今回の侵攻作戦で総司令官を務めるエルバート・カーライルだ。各艦、聞こえてるか? あんまり硬くならずに聞いてくれ」

 気楽な口調で続ける。
「とりあえず率直に言おうか。この戦い、勝てるぞ。俺たちを迎え撃とうとしているベリチュコフ艦隊に、かつての力はない。なにしろ軍神レイラが居ないんだからな。今の奴らは烏合の衆に過ぎない。そして、お前たちを率いるのは、圧倒的な戦力差をものともせずに軍神を捕縛したこの俺だ。奇跡の体現者がお前たちを率いているんだ。あの時に比べれば、今回のなんと楽なことか。向こうの方が少しばかり数は多いが、負ける理由はどこにもない。安心して俺に付いてこい」
 言うだけ言って魔法陣から出た。

「こんなところだろう。どう思う、ノア」
「特に問題はないかと。いささか楽観的な演説だったような気もしますけれど」
「みんな戦闘前で緊張しているんだから、安心させてやった方が良いだろ」
「……まあ、そうですね」
「見てろって。勝てば何の問題もない。@戦闘準備だ」


前話 第二章 次話
水の星、世界を手に入れる男
Top Page
inserted by FC2 system