水の星、世界を手に入れる男
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第一章 第二章 第三章
『水の星、世界を手に入れる男』
第18話 艦隊編成

 侵攻軍の戦力は12隻となることが決まった。

 ベリチュコフ領の一部を奪取するには充分な戦力だ、とエルバートは判断した。
 敵軍が全兵力を挙げて迎え撃ってくるのなら話は別だが、その危険はあまりない。
 奇襲戦からそれほど日は経っておらず、ベリチュコフ王国内部はまだ混迷の真っ只中にあるだろう。

 エルバートは軍議で自軍の陣容を説明した。
 12隻の艦隊を、6隻ずつの2艦隊に分けて、ひとつを自分が率い、もうひとつをデュークが率いるというものである。

 これに反対の声が上がった。
 王子に公然と異を唱えたのは、シーザー王の遠征に同行していたカーティス・ワイラー伯爵だった。階級は中将。年は40代。
 カーティス伯爵は、若い頃からシーザー王の覚えが良く、カーライル軍の要職を歴任してきた。
 シーザー王の腹心であるからには、王子に対して臆する必要もなかった。

 カーティスの言葉は辛辣だった。
「12隻の艦隊ならば、3つに分けて、海戦時には左翼艦隊・中央艦隊・右翼艦隊として運用するのが定石であります。お父上もそうなさるに違いない。エルバート様は何故あえてそうしないのか、説明を願いたい」
「それは――」

 答えようとしたエルバートの言葉をカーティスは遮った。
「いや、やはり結構。聞くまでもありますまい。自身と幼馴染みとで、艦隊を仲良く分け合いたいのでありましょう。幼稚な動機と言うしかありませんな。戦争を遊戯か何かと勘違いしていらっしゃるのでは? お父上が知ったら、さぞ悲しむことでしょう」
「…………」

 エルバートは反論しなかった。
 信頼できる者がデュークしか居ないのだから、彼と自分が指揮を執る。その何が悪いのか。
 喉まで出掛かった言葉を押し留める。
 カーティスの機嫌を損ねることは、父上の機嫌を損ねることにも等しい。

 エルバートは心中に逆らって言った。
「カーティス中将の言うことは道理だ。艦隊編成は再考しよう」

 その後、会議の参加者から複数の案が出されたが、カーティスの構想にほぼ沿った形に落ち着いた。

 総司令官エルバート中将が直接指揮する艦隊は、6隻から4隻に減り、カーティス中将にも同数の4隻を任せることなった。
 エルバート艦隊とカーティス艦隊の計8隻で、中央艦隊を構成する。
 デューク少将は左翼艦隊を担当することになったが、その数は、当初の6隻から2隻にまで減らされた。
 エルバートは内心不満だったが、口を挟むことなく了承した。

 仕方がない、とエルバートは自分に言い聞かせた。
 いざという時には少々強引な手を使うことになるかもしれないが、やむを得ないだろう……。

――――

 右翼に配置された残り2隻の小艦隊を率いるのは、プリシア・レモン少将だった。
 彼女はエルバートと同じ年だが、すでに子爵家を継いでおり、軍でも宮廷でも少なからぬ存在感を発している。
 カーライル軍主力の長期遠征にも同行し、シーザー王の逃走を間接的ながら手助けするという功績を挙げていた。

 軍議の場においてプリシア子爵は積極的に発言を行おうとはしなかった。確認を求められれば答えるものの、自分から何かを提案することはない。
 彼女の視線は書類を追ってばかりいたが、たまにエルバートの顔へと向けられた。目が合うと、視線はまた書類に戻った。

 その態度を見てエルバートは密かに危惧した。この女、何を考えている……?  プリシアとは、知らない仲ではない。一度だけ抱いたことがある。何年も前のことで、以来、ろくに話もしていなかった。
 彼女の不自然な態度は、そこに原因がある。それはエルバートにも分かる。
 ただ、単に照れているだけなのか、遊ばれたことを恨んでいるのか、そこまでは判断が付かなかった。

 いずれにしろ、とエルバートは思う。
 プリシア少将は有能だ。右翼艦隊2隻を預ける人材としては申し分ない。ベリチュコフ侵攻には欠かせない戦力となるはず。
 個人的に使い辛い駒であっても、今は利用するしかない。

――――

 作戦案を固め終えて、会議の空気が弛緩し始めると、デュークはエルバートに尋ねた。
「ラナは今どこに居るんだろう?」
 埒もない質問である。デューク自身も分かっていたが、気になって仕方のないことだったので、つい口から出てしまった。

 アレクセイが全速で船を動かし続けているとしたら、今頃は王都からかなり離れているだろう。
 すでに手遅れではないかという最悪の想定がデュークの頭から離れなかった。

 エルバートは言った。
「心配するな。まだ間に合う。レイラは拷問を受けたばかりだからな。化膿した傷は船旅を困難なものにする。その辺の島で未だに療養している可能性すらある」
「だといいけど……」
「少なくとも、そんなに遠くまでは行っていないだろう。俺が敷いた警戒網を、誰にも気付かれずに突破できる確率は、たぶん7割くらいだ」
「結構 高いような気がするんだけど」

「アレクセイは慎重な男だから、危険はなるべく冒したくないはず。奴からすれば、7割の成功率は低すぎる。もっと安全な道を選ぶさ。頻繁に領内を行き来する警備船を確認し、パターンを読み、確実に警戒網を擦り抜けられる航路を見付け出そうとする。そのためには多少の時間が掛かる」
「問題なのは――」
「父上の命により捜索が中止されたことに奴が気付くか、だな」

「ああ。エルの言う通りにアレクセイが警戒網を観察しているのなら、気付くんじゃないか?」
「もちろん気付く。無能者であろうとも気付くだろう。アレクセイなら気付かないはずはない」
「だったらまずいじゃないか」

「この場合は、アレクセイの有能さが俺たちにとっての救いとなる。普通なら、警戒が解除された途端に船を速めるだろう。なにしろ、今までずっと慎重に進んできたんだ。焦れに焦れている。いつ見付かるかもしれない中、少しでも早く国境を越えたいと常々思っていたところ、警戒船が姿を消した。そりゃ、チャンスだと思うさ。警戒網が解かれた理由も、だいたい察しはつくだろう。国王が帰ってきたからだ、と思い当たるはずだ。実際、そうだしな」
「…………」

「けど、アレクセイなら、もう1歩 先に思考を進めるんじゃないかと俺は思う。そして到達するんじゃないかな、罠の可能性に」
「罠……」
「警戒網が解除されたのは、自分を油断させるためなのではないか。少なくとも俺ならそう考える。馬鹿正直に進行速度を上げたら罠に掛かるかもしれない、と。一度でもそう考えたら、もうリスクは取れない。論理的な思考が彼を押し留めるし、その上、感情さえも彼の選択を束縛する」

「感情?」
「アレクセイだって人間なんだから、強引にでも国境を越えたいと思っているだろう。誰だって、危険な状態からは早く抜け出したいと思う。その願望は強烈だ。有能であろうと無能であろうとな。しかし、その思いが強ければ強いほど、アレクセイは実行に移せなくなる。有能な奴は、自分が平凡な人間ではないことを自覚している。無能者と同じように欲求の赴くままに行動するだなんて、矜恃が許さない」
「その辺が感情の問題ってことか」

「しかもアレクセイは、女王レイラを手土産にして再亡命を敢行した。今は、一世一代の大勝負をしている最中なんだ。そんな時に、万が一にも単純な罠に引っ掛かって頓挫してしまったら、良い笑いものだろ。死んでも死にきれない。だから、たとえ危険は少ないと判断したとしても、更なる安全策を取りたくなる」

「そんなものかな」
 デュークは顎に手を当てて、エルバートの話を咀嚼した。
 すべてがすべて正しいとは限らないが、おおよそ納得できる話だ。僕を安心させるために誇張されているような気もするが。

 冷めた目でふたりの会話を聞いていたカーティス伯爵が口を開いた。
「殿下。今は世話役のことなど忘れて、侵攻作戦に全力を尽くすべきでありましょう。目的を取り違えてはなりません」
 高圧的な言い方だった。
 たびたび国王を引き合いにして、終始 会議を主導していたカーティスは、エルバートに対して特に厳しい態度を取っていた。

「カーティス中将。その発言は殿下に失礼ではありませんか」
 デュークの苦言をエルバートが止める。
「いや、構わない。カーティスの言う通りだ。今はベリチュコフへの侵攻に力を注ごう」
「エル……」
 デュークは声を失った。
 反対にカーティスはなおも言葉を付け加える。
「分かればよろしいのです、エルバート様。せいぜい軍務に励むことですな」

「そうだな。そうするよ」
 エルバートは淡々と応じた。
 胸中では別だが、迂闊なことは口にできない。
 カーティスへの言動は、ことごとくシーザー王に報告されるだろう。そして、そのすべてをシーザー王は真実として受け取る。
 カーティスに対するシーザー王の信認はそれほどに厚い。

 シーザー王がカーティスを俺の配下に加えたのは、経験豊富な艦隊司令官を戦力として寄越したのみならず、余計なことをしないよう監視したいからでもあるだろう、とエルバートは見ていた。
 国王の意志で俺のお目付役となったのなら、カーティスが口うるさいのも当然というものだ……。

――――

 会議が終わり、出席者たちが退室していく。
 その中のひとりにエルバートは声を掛けた。
「お前は残ってくれ。少し話がある」
「…………」
 プリシア子爵は黙ったまま頷いた。

 ふたりきりになると彼女は言った。
「なんですか、話って」
「いや、久しぶりだなと思って。ずいぶんと雰囲気が変わったよな。子爵家を継いで、司令官職も立派に務めているそうじゃないか。最後に話をしたのは4年前くらいか?」
「5年前です」

「まあ、そんだけ経てば、大人にもなるよな」
「そうですね。何も知らずに弄ばれるような子供ではなくなりました」
「弄んだつもりは――」
「別にあなたのことを言ったつもりはありません」

「怒ってるのか?」
「ですから、殿下を揶揄したつもりはありません。そう言っているじゃないですか。口説かれて舞い上がっていた昔の私が馬鹿だっただけです」
「悪かったとは思っているよ。お前の気持ちをもっと考えるべきだった」

「なぜ今更そんなことを言うんですか?」
「ずっと謝りたいと思っていたんだ。けど、なかなかタイミングが難しくてさ。この会議が良い切っ掛けになった」
「それは嘘です」
「…………」

「侍女を助けるために私の力を必要としているからでしょう。その程度のことが私に分からないとでも思ったのですか?」
「いや……」
 実際のところ、エルバートは侮っていた。
 5年前の彼女は、優しくされただけで身も心も許してしまう世間知らずの生娘でしかなかった。
 その時の印象が未だ頭から抜け切っていなかったのである。

「いずれにしろ、昔のことで協力を拒んだりはしませんから、どうぞご安心を。お話はそれだけですか?」
「ああ」
「ではもう充分ですね? 退席しても構いませんか?」
 返事を聞く前にプリシアは会議室を出て行った。


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