水の星、世界を手に入れる男
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第一章 第二章 第三章
『水の星、世界を手に入れる男』
第17話 国王シーザー

 エルバートが捜索に奔走している中、遠征軍が帰国してきた。
 国王シーザーは王宮に戻るなり自室に篭もった。

 その様子を伝え聞いたエルバートは遠征の失敗を悟ったが、惨状は予想を超えていた。
 20隻以上だった遠征軍のうち、無事 帰還できたのは半数以下。喪失した艦に乗り込んでいた貴族も、平民と同じくほとんどが戦死した。
 このことから敗走時の混乱ぶりが窺える。

 必然だ、とエルバートは思う。
 報告書によれば、実質的に指揮を執っていた副司令官バーナードが早期に戦死している。
 その時点で艦隊は相当 混乱していたに違いない。

 総司令官シーザー王が艦隊を立て直せなかった理由はふたつある。
 ひとつは、普段から副司令官バーナードに実質的な指揮権を委ねており、自身は艦隊指揮から長く遠ざかっていたために、思うような指揮が執れなかったこと。
 もうひとつは、実子バーナードの戦死に動揺したこと。

 バーナード・カーライル。
 第一王子でありエルバートの兄である彼は、異国の海で命を失い、乗船していた艦と共に沈んだ。
 そのことについてエルバートには思うところがあった。傲岸不遜な兄を好いてはいなかったが、戦死したと聞いては憐憫の情も生まれる。

 とはいえ、今はそれを気にしていられないほどの窮地に立たされていた。
 ラナが姿を消して数日。焦りは増すばかりだった。

――――

 遠征から帰還してきた指揮官の中には、デュークの父であるゴードン・ストレンジャーも含まれていた。
 彼は、代々カーライル軍の重鎮を務めてきたストレンジャー公爵家の当主である。

 帰還以来、ストレンジャー公爵は機嫌が悪かった。屈辱極まる大敗が彼の尊厳を大いに傷付けていた。
 遠征では、3割近くの艦隊を率いていながら、成すところもなく敗走に陥った。幸いにも命を失うことはなかったものの、代償として忠実な配下を多く失った。

 配下の戦死をストレンジャー公爵は嘆いた。しかしそれは、情によるものではなかった。
 使い勝手の良かった手駒を多数失って悔やんでいるに過ぎないのである。
 特権階級に属する者の典型的な考え方だった。

 実際問題、今回の敗戦は、彼にとっても痛手となる。
 王国軍に大きな影響力を持つストレンジャー公爵家といえども、何の努力もなしに権勢を誇っていられるわけではない。

 ストレンジャー公爵家は、間断なく軍の人事に介入し、息の掛かっている者や分家筋の者を国内各地の艦隊に送り込んできた。
 現在のストレンジャー公爵家が王国軍で力を持っていられるのは、そうした工作を今日まで怠ってこなかったからこそである。

 しかしこの遠征で、ストレンジャー公爵家に縁のある貴族が何人も戦死したことにより、これまで行ってきた人事介入のいくらかは無駄になった。
 有能だった何人かの配下はもちろん惜しいが、彼らの座っていた席はそれ以上に惜しかった。

 代わりの者を配置しようとしても、思い通りにはならないだろう。
 自分が敗戦の当事者であったからには、あまり強くも出られない。

 ともあれ、彼にとって嬉しい知らせもあった。
 遠征の最中、本国に攻め寄せてきたベリチュコフ軍を、息子デュークが撃退したというのだ。
 最高責任者は馬鹿王子のエルバートだったが、軍神レイラを捕らえたのは、デュークが率いていた先頭艦の斬り込み隊である。
 デュークこそが戦功第一だ。ストレンジャー公爵はそう確信していた。

 巷では、エルバート殿下を英雄視する風潮があり、軍内部でも一部でそうした傾向が見られた。
 まったく馬鹿げた話だ、とストレンジャー公爵は思う。
 奇襲作戦の報告書によると、エルバート艦を含めた後続艦6隻は防戦一方だった、とある。
 戦局の終盤では魔術弾による援護を行っていたようだが、あまりにも危険な策であったし、本当のところはただの自棄だったかもしれない。

 いずれにせよ、レイラ捕縛の功績は、斬り込み隊を指揮していたデュークにある。
 息子の能力は凡人の域を出ないのではないか、と思い始めた矢先の出来事であったため、ストレンジャー公爵の喜びは大きかった。

――――

「お久しぶりです、父上。ご無事でなによりです」
 父の自室を訪れたデュークは、安堵の笑みを浮かべた。
 ストレンジャー公爵も表情を崩す。
「デューク、お前もよく無事で居たな。こうして顔を見ることができて、嬉しく思うぞ」
 人前では、軍人としての威厳を意識して、わざと険しい表情を保っているストレンジャー公爵だが、息子に対しては別だった。

「僕がこうして生きていられるのはエルのおかげです。彼がいなければ、カーライル王国は軍神レイラに征服されていたかもしれません」
「謙遜をするな。報告書には目を通した。エルバート殿下など大したことはしておらん。ベリチュコフ軍を退けたのはお前の功績だ。よくやった」
「……ありがとうございます」

 ストレンジャー公爵は、一度こうだと思い込んだら何があろうとも考えを変えない男である。反論をしても意味はない。
 ゆえにデュークは、父の賞賛をそのまま受け取ることにした。
 まあ、僕を想ってのことだし、悪い気はしない。エルの力も認めてあげて欲しいところだけれど、現時点では難しそうだ……。

 ストレンジャー公爵は言った。
「それにしても、危険な賭けに出たものだな。篭城よりも海戦を選択するとは……。結果的に勝てたから良かったものの、本来なら無謀の烙印を押されても仕方のないところだぞ」
「エルならばなんとかすることも可能ではないかと思いまして」
「…………」

 父が苦い顔をしたのを見てデュークは付け加えた。
「それになにより、王国深くまで侵攻されたままでは、民の犠牲が日毎に増すことになります。僕は1日でも早く対処したかったのです」
「民のことまでいちいち考えていては、戦略を見誤ることにもなりかねん。優先順位を間違えるな」
「民も僕たちと同じ人間です。斬られれば痛いし、食料を奪われれば飢えに苦しみます。略奪は可能な限り防ぐべきではありませんか」

「お前は優しすぎる。個人としては褒め称えられるべき長所なのかもしれぬが、軍司令官としては紛れもない短所となるぞ」
「申し訳ありません……」
「責めているわけではない。ただの忠告だ」
「はい」
 父の言葉に悪意がないことを知っているデュークは素直に頷いた。

「お前のそういうところも、あるいはエルバート殿下の影響かもしれぬな。島々に連れ回されている間は、平民と接することも多かったであろう。そのせいで下々の者への情が湧いたということではないか?」
「……そうかもしれません」

「いい加減にエルバート殿下とは縁を切れ。王子といえども、我がストレンジャー公爵家との繋がりは薄い。付き合いを続けて何の利益がある?」
「利益、ですか」
 武門の名家らしからぬ物言いだった。普段の父上なら、「利益」ではなく、「意義」とかなんとか表現しているはずだ。

 デュークが抱いた疑問は、本人に尋ねるまでもなくすぐに氷解した。
 つい先程まで父上とノース侯爵が会談していたことを思い出したからだった。

 三大貴族のひとつであるノース侯爵家は、豊かな領地を有している上、代々貿易に力を入れてきた。
 ノース侯爵家に連なる者は、多くが役人となり、カーライル王国の内政に携わる。ノース侯爵家の富を背景に栄達して高級官僚となった彼らは、ノース侯爵家をさらに栄えさせる。
 富と権力の循環をノース侯爵家は効率良く実現していた。

 ノース侯爵家の現当主は、歴代当主の中でも特に利益追求に余念のない男だった。
 だからか、とデュークは思う。そのような人物と会談したばかりであったから、父上は、らしくもなく「利益」という言葉を口にしてしまったのだろう。

「ですが、父上。バーナード殿下が戦死した今、エルは王位継承順位第1位になるのではありませんか? ストレンジャー公爵家としては、エルとの関係を軽視すべきではないと思いますが」
「あの馬鹿王子に王位が与えられるはずはなかろう。継承権の順位など、国王陛下の意向に比べれば大した問題ではない。陛下がその気になれば、継承権を剥奪することすら可能なのだ。我ら三大貴族もそれを勧めるつもりでいるのだから、尚更であろう」

「まあ、エルも別に玉座を欲しているわけではないので、特に異論はないでしょうが……」
「分不相応な野心を抱いていないのは、エルバート殿下の唯一と言っても良い長所だな。とはいえ、自らそう吹聴しているだけで、本音も同じであるかは怪しいところだが」
「そんなことはありません。少なくとも権力に関して言えばエルは無欲ですよ。僕としては、時々そこが心配になるくらいです」

「とにかく、次期国王はエルバート殿下ではない」
「では、誰が?」
「お前に決まっているだろう」
 ストレンジャー公爵は当然のように言った。

「僕?」
 予想外の言葉にデュークは戸惑いを露わにする。
「僕は王族ではありませんが……」
「むろんだ」
「では、なぜ?」

「シェフィールド公爵家のマーガレット嬢は、国王陛下の妹の娘だ。つまり王族の血を引いている。彼女が王位を継ぎ、お前は夫となる。だがマーガレット嬢に王としての器はない。ゆえに実権はお前が握る。そういうことだ」
「…………」

「形式上の王はシェフィールド公爵家に譲り、お前は実質的な王となる。そして、いずれお前の息子が名実共にこの国を継ぐ。理想的な展開ではないか」
「話はどれくらい進んでいるんですか? もうかなりの段階まで来ているのでしょう?」
「我がストレンジャー公爵家と相手方のシェフィールド公爵家は、これまで内々に話し合いを重ねていた。ノース侯爵家の了解を得たのは今日だ」

「先程の会談の中身はこれだったのですか」
「他にもあったが、主題はそうだな」
「マーガレット嬢を王に……」

「問題はあるまい。お前も良く知っている娘だろう」
「父上に連れられて三大貴族の親睦に付き合わされていた子供同士、そこそこ仲良くやっていましたが、最近はほとんど会っていませんよ」
「充分だ。貴族の婚姻としては恵まれている方ではないか。初対面の相手と添い遂げる場合もあるのだぞ」

「……子供の頃から僕をマーガレットとくっつけようと思っていたのですか?」
「シェフィールド公爵家との関係強化には有効であろう? まさか王位が絡むことになるとまでは思っていなかったがな。ノース侯爵家にも年頃の娘が居るが、そちらに王族の血は入っていない。今となってはどうでも良い話だが」

「自分たちが除け者扱いされているように感じるのではありませんか? ノース侯爵家は」
「こちらにその気は全くない。三大貴族はこれまで手を携えて王国の権威を守ってきたのだ。今さら崩す意味はない。たとえお前が実質的な王になったとしてもな。ノース侯爵も理解しているだろう」
「本当にそうでしょうか」

「そうやって話を逸らそうとしても意味はないぞ。マーガレット嬢との婚姻はもはや決定事項だ」
「彼女はエルにずいぶんと懐いていますよね。僕との結婚を承諾するかどうか……」
「そこを何とかしなければならないのは、シェフィールド公爵家だ。我々ではない」
「…………」

「あまり嫌そうな顔をするな。お前の将来を想ってのことだ」
「ええ、分かっています」
 父上の言葉に偽りはないだろう。ストレンジャー公爵家の権力を強固なものにしたいというのが一番の理由なのだろうが、もし僕のためにならないと判断したら、父上は手を引くに違いない。
 そう思えるだけの親子の情愛は通わせている。

 権力欲が旺盛で、他人に対して傲慢な態度を取ることも多い父だが、親としては何の問題もなかった。どころか、惜しみない愛情を注いでくれた。
 マーガレットとの婚姻話を強引に推し進めようとしているのは、たとえ僕が望んでいなくても、将来を考えれば必ずプラスになる、と確信しているゆえだろう。父上に悪気は全くない。
 まあ、しかし。デュークは胸の内で呟いた。だからこそ文句を言い辛いんだよね……。

――――

 シーザー王は、帰国した次の日には執務室に姿を現し、いくつかの案件を処理した後、エルバートを呼び出した。

 エルバートが執務室に入るなり、シーザー王は即座に切り出した。
「なぜベリチュコフ領に侵攻していない?」
「…………」
 遠征以来の再会だというのに、挨拶のひとつも交わされることはない。

「仰っている意味が良く理解できません、父上」
「とぼけるな。女王レイラを捕らえたのは良しとしよう。だが、その後の行動は愚かにも程がある。混乱しているベリチュコフ領に侵攻していないのは何故だ。これほどの好機を見逃すとはどういうことだ。かつてベリチュコフに侵略された東方領土の奪還は、我が国の悲願。それは貴様も充分に理解していよう」

「確かにベリチュコフ軍は統制を失っていますが、こちらの兵力も乏しかったため、安易に動けば危険があったのではないかと。我らの敵は東のベリチュコフだけではありません」
「そのような言い訳が通ると思うのか。島のひとつやふたつを落とすことくらいなら可能であろう。調略にも何ひとつ手を付けておらぬではないか」
「敵国の領主を釣り上げるには、餌が必要となります。地位にしろ領土にしろ、国王たる父上の判断を仰がずに私が勝手に明け渡すわけには参りません。ゆえに、父上のご帰還を待っていたという次第です」

「何が狙いだ、エルバート」
「と言いますと?」
「常に飄々としていたくせに、今日はこれまでになく殊勝ではないか。以前なら余に追求されても笑って誤魔化していたはずだ。真面目くさった顔をしているのはいつもの気紛れか?」

「では、単刀直入にお願い申し上げます。私の世話係を務めている女が、アレクセイ男爵に連れ去られました。現在 捜索中です。父上が公務に戻られましても、捜索は打ち切らないで頂きたい」
「却下だ」
「…………」

「平民の娘ひとりのために、馬鹿げたことを言うな。王都の守備隊まで駆り出しておるそうではないか。もうこの辺りには居らぬであろうに」
「万が一ということもあります」
「そのためだけに大動員をしているというのか?」
「最低限の守備隊は残しています」
「どのみち捕まえることはできん。アレクセイほどの男が一度 逃げると決めたのだ。奴が中途半端なところで捕らえられるものか。そうでなくとも海は広大だ。事実として何の手掛かりも掴めておらぬではないか。第一、奴らの行方を捕捉できたとして、どうやって娘を取り返す?」

「交渉します。身代金さえ払えば世話係を返してくれるはずです。この場合は金だけではなく、ベリチュコフ領へ黙って通すことも必要でしょう。アレクセイならば、私の足下を見て、ついでに軍艦を何隻か要求してくるかもしれません。あるいはカーライル領の一部も。父上にはその要求に応じて頂きたく思います」
「ほう?」
 シーザー王は愉快そうに口元を歪めた。
「もし余が応じると言ったら、貴様はどうする?」

 小さく息を吸ってからエルバートは言った。
「父上に私のすべてを捧げます。身だしなみを整えろと言うのなら整えてみせます。軍務に励めと言うのなら励んでみせます。ベリチュコフを征服しろと言うのなら征服してみせます。世界を手に入れろと言うのなら――」
「世界を手に入れてみせるか?」
「はい」
「大変結構。しかし、却下だ」
「……なぜです?」

「なんでもかんでも自分の力だけで思い通りに行くと思うな。軍神レイラを捕らえたのは確かによくやったが、思い上がりも甚だしい。世界を手に入れる? たわけが。身の程を知らぬ王は国を疲弊させる。余自身がそうであったようにな」
「遠征の失敗でそのことを学んだとでも言うのですか?」

「そうだ。どれほど才覚に恵まれていようとも、走り続けていれば、いつかは転ぶ。速く走るほど転んだ時の痛みは大きい。挫折を知らぬお前にはまだ分からぬことかもしれぬが」
「…………」
「世話係は諦めるのだな。そんなことより、今はベリチュコフの領土を少しでも奪い取ることを考えろ」

「ですが――」
「二度とは言わぬぞ」
 シーザー王はエルバートを睨み付けた。

 二度とは言わぬ。
 会議の場でこの言葉をシーザー王はたびたび口にしてきた。そして、なおも抗議をした者には必ず処罰を与えてきた。
 議論の余地がないことを示すために、あえて同じ言い回しを使っているのだ。
 必然的に、この言葉を聞いた途端に誰もが口を閉ざすようになった。上流貴族であろうと王族であろうと同様である。

「…………」
 エルバートは唇を噛んだ。
 相手の胸ぐらを掴んで無理やり言うことを聞かせてやりたい衝動が込み上げてくる。そんなことをしても状況が悪くなるだけだと分かっていても、その欲求は強かった。

「返事はどうした、エルバート」
「……分かりました」
「ではベリチュコフ方面軍の指揮を執り、ただちに侵攻せよ」
「私がですか?」
 エルバートは思わず聞き返した。
 天位魔法の使い手である父上は、可能な限り戦場の最前線に立つことを信条としていた。なのに、今回はそれを曲げると言う。
 兄上の戦死がそこまで堪えたのか。

「不本意極まりないことだがな。主力艦隊の総司令官に相応しい家格は限られてくる。余はまだ動く気になれぬし、ストレンジャー公爵も分家筋に戦死者を出しておるから無理はさせられぬ。貴様が行くしかないだろう」

「ですが、私は少将です。大軍を率いるには相応しくありません」
「分かっておる。中将に昇進だ。女王レイラを捕らえた功績があるとはいえ、まだまだ実績不足だが、この際は仕方あるまい」
「…………」
「これまでの汚点を帳消しにしたければ、汗を流すことだ」

「はい。父上のために戦果を持って帰ります」
「ならば早く行け。お前が浪費した時間の分だけ、侵攻作戦は困難になっているのだぞ」
「はい、父上」
 エルバートは執務室を後にした。

――――

 廊下を歩いているうちに自然と早足になる。
 それを自覚したエルバートは立ち止まった。
 周囲に誰もいないことを確認してから、壁を強く叩き、再び歩き出した。

――――

 自室に戻るとデューク・ストレンジャーが待っていた。
「エル、どうだった?」
「どうもこうも、話にならん。平民のために捜索はできないだとさ。あれでは100年掛けて説得しても駄目だろうよ」
「そうか……」
「けど、ベリチュコフ方面軍の指揮権はもらった」
「指揮権?」

「主力艦隊を率いてベリチュコフ領に侵攻する。お前も来い」
「あ、ああ」
「そんなことをしてる場合かって言いたいんだろ?」
「それは、まあ……」
「ベリチュコフの一部でも占領すれば、その占領地は、侵攻軍総司令官である俺のものだ。父上が行政上の処理を行うまではな。だったら、捜索でもなんでも、好きなことができるじゃないか」

「…………。確かに。でもアレクセイを捕捉した後はどうする? まさか砲撃して沈めるわけにはいかないし」
「交渉するしかないだろうな」
「でも、ラナの身柄と引き替えに何を求めてくるか……。自分たちの身の安全だけじゃなく、軍艦や領土を要求してくるかもしれない。そんなのに応じられる権限なんて、僕にもエルにも――」
 そこまで言ってから、デュークは全身を硬直させた。恐る恐るエルバートの顔を見る。
「エル、まさか……」

「そう。占領した島々の支配権は、一時的にしろ、総司令官たる俺が持つことになる。だったら、その占領地を丸ごと人質と交換することだって、できなくはない。そこまですりゃ、アレクセイもラナを返してくれるかもしれん」
「無茶だ」
「なんでだよ」
「ベリチュコフに侵攻する艦隊は、エル個人の私兵なんかじゃない。王国の正規軍だぞ。参謀団も、艦長たちも、認めてくれるはずがない。反対されるに決まっている」
「ねじ伏せるさ。強硬に反対しそうな奴は、公表の前に拘束する」

「いくら王子でも、そんなことをしたら国王に殺される。国家反逆罪だ。ギロチンで首を落とされる」
「必ずしもそうなるとは限らないだろう」
「可能性は高い」
「たとえその通りだとしても、そんなもんがラナを助けない理由になるのか?」
「助けても結局ギロチンじゃ、意味がない」

「どこか遠い国に亡命でもすればいい」
「亡命……」
「何もかも忘れて、3人で適当に暮らすのさ。亡命先にもよるが、まあ、生きていけるくらいの金は世話してもらえるだろう」
「本気なのか?」
「ああ。協力してくれるだろ、デュー」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ……」
 デュークは苦しそうな顔をして黙り込んだ。

 その様子をエルバートは静かに見ていた。
 デューがどのような結論を出すのかは最初から分かっていた。こうして思い悩むことも予想していた。

 ストレンジャー公爵家の期待に応えるために、デュークは今まで真剣に軍務をこなしてきた。だから、王国に背く決意を一瞬で固めることはできない。
 しかし、ラナを捨て王国を選択することは有り得ない。
 幼馴染みであるエルバートには容易に断言できることだった。

――――

 長く考え込んだ末にデュークは一言だけ発した。
「やろう」

「よし。デューには侵攻軍の副司令官になってもらう。遠征から戻った艦隊のうち、すぐに使えるのが何隻なのかはまだ正確には分からないが、侵攻軍の半分を指揮下におさめてくれ。たぶん5隻か6隻になると思う」
「僕が半分も指揮するの?」
「別に全部を自分でやる必要はないさ。全体の戦局を見据えた指示は俺が適宜 出す。とにかく頼む。俺とお前で艦隊の指揮権を独占しておいた方が良い。アレクセイに占領地を差し出す時に、なるべく穏便に事を運ぶためにはな」


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