予定通り滞在期間を消化したシーザー王は、本国への帰路についた。
護衛艦1隻を含めた計2隻による移動である。
航行中、些細なことで配下を怒鳴り散らしたシーザー王は、我に返ると自室に篭もった。
椅子に腰を下ろし、膝を小刻みに揺らしながら、今後のことを考える。
近いうちにエルバートを処罰した後、三大貴族に配慮しつつ、新領地の差配をしなければならない。
最初から方向性が定まっているものばかりではあるが、これらは密接に繋がっている事柄であるため、細部の詰めには時間が掛かるだろう。
「陛下!」
慌てた様子で親衛隊長が部屋に入ってきた。
最初は一喝して追い返そうとしたシーザー王だったが、報告を聞いてすぐに立ち上がった。
2隻の武装船に襲われ、前方を航行していた護衛艦がすでに斬り込まれているのだという。
「海賊か?」
「おそらく。ただ、海賊旗はまだ確認できておりません。夜の闇に紛れて突然 襲い掛かってきたもので」
「なぜ警戒していなかった!?」
怒声を上げながらシーザー王は甲板に上がった。
――――
待っていたのは苛烈な砲撃だった。
艦はすでに複数 被弾していた。帆のひとつが根元から倒れている。
武装船は至近まで迫っており、今まさに接舷を果たそうとしていた。
瞬く間の出来事だった。
通常、接舷する際には、船首をぶつけて無理やり艦同士を密着させるのだが、目の前の武装船は、軽く接触するだけで艦と艦を横並びにした。
間の距離は無に等しい。
海賊ごときにできる芸当ではない。シーザー王は直感した。
武装船から乗り移ってくる者たちの統率された動きは、海賊どころか、鍛え抜かれた精鋭を思わせる。
シーザー王を守るべく親衛隊が応戦したものの、長くは続かなかった。
最初こそ白兵戦は互角の展開を見せたが、親衛隊長が討ち取られると形勢は一気に傾いた。
「陛下、小舟を用意してあります。急いでお逃げください」
側近が言った。
シーザー王は動かなかった。どうにもならないことは理解していた。
これほどの手練れがみすみす余を逃すものか。その程度のことがなぜ分からぬ?
シーザー王は敵集団を睨み付けた。
直後、先頭で剣を振るっている女を見て、目を疑った。
ベアトリス・ハル。エルバートが助け出した亡きハル王国の姫君。
彼女が最前列で斬り込み隊を指揮している。
カーライルの国王を襲ったのはベアトリス姫だった。
これはつまり……。
ベアトリスは足を止めた。こちらに気付いたらしい。
周りの兵たちが激しく斬り合っている中、彼女は気にした風もなく、真っ直ぐこちらに歩み寄ってきた。
シーザー王はその場に立ち尽くしていた。
早く逃げるよう側近がしきりに声を上げているが、無視した。
間近まで来たベアトリスは言った。
「勘違いしないでください。国旗を掲げていないのは、隠密行動ゆえです。別にカーライル王国を裏切ろうとしているわけではありません。とはいえ、私の考えているカーライル王国とあなたの考えているカーライル王国が必ずしも一致するとは限りませんけれど」
「誰の差し金だ?」
「答えるまでもないことでしょう。本当は分かっていらっしゃるのでは? 確認しなければ気が済まないのでしたら申し上げます。あなたの愛する息子さんに要請されて参りました」
「エルバートか」
「殿下は前方の護衛艦に斬り込んでいます。制圧が完了したらこちらに顔を見せるでしょう」
「……制圧の必要はない」
事態を悟ったシーザー王は降伏した。