水の星、世界を手に入れる男
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第一章 第二章 第三章
『水の星、世界を手に入れる男』
第40話 側近たち

 オリヴィアの部下から連絡を受けたベアトリスは、わずかに逡巡した後、エルバートの自室を訪れた。

 室内には3人が居た。
 ひとりはエルバート王子だった。こちらを真っ直ぐに見つめてくるその目を見た瞬間、彼から迷いが消えていることをベアトリスは察した。
 あとのふたりは、ノア参謀長とオリヴィア補佐官である。短い期間ながら、それぞれ軍事面と政治面でエルバートを支えてきた。
 このふたりに加えて自分が呼ばれたことが何を意味するのかは明白だった。

「急に呼び出して悪いな、ベアトリス」
「いえ……」
「まあ、座ってくれ」
 ベアトリスが着席するとエルバートは表情を和らげた。
「ここに来てくれたということは、まだ俺の側に付いているということで良いんだな?」

「いずれ分かることなので正直に申しますと、実のところ、この数日、国王陛下との接触を試みていました。個人的にはあなたに肩入れしたいと思っていますが、私は王国再建のために力を必要としているのです」
「それはすでに知っている。オリヴィアから報告を受けた。批難する気はない。誰の下に付こうとあなたの自由だ。しかし、父上とは会うことすらできなかったらしいな」
「どうにも嫌われてしまっているようです」

 オリヴィアが口を開く。
「エルバート様の直属であることが響いているのかもしれませんわ。エルバート様の手垢が付いた部下を国王陛下は忌避しているのでしょう」

 これに対してノアが「本当にそうですかね?」と言った。
 オリヴィアは露骨に顔を顰めた。
「参謀長閣下は私の意見にご不満? 少将にまでなられたお方は言うことが違うわね。ずいぶんとご出世なさってまあ」
「能力に対する正当な評価を受ければ、これこの通り、必然の結果ですよ。王族の威光を借りた文官ごときに雑用を頼まれるような身分ではなくなりました。ようやくね」
「それはそれは」

「とにかく、ベアトリス中佐の武力は本物です。そんなことは国王陛下も分かっているはず。いくらエルバート様を嫌っていても、それだけでベアトリス中佐まで拒絶なさるとは思えません」
「だとしたら、国王陛下はなぜ中佐との謁見を拒まれたの?」

 オリヴィアの疑問に答えたのはエルバートだった。
「ベリチュコフ王国への配慮かもな。ベアトリス中佐を厚遇すれば、レイラの気分を害する恐れがある。父上はそう考えたんじゃないか? 実際問題、捕縛されたことをレイラが恨んでいたとしても不思議ではない」
「確かにその通りですわね」
「まあ単純に、『俺の直属だから』という理由だったとしても、別に驚かないが」

 ノアは言った。
「そうですね。国王陛下を投げ飛ばしたのですから、エルバート様がどれほど嫌われてしまったことか、見当も付きません」
「そこには触れるなよ……。なんにしろ、俺にとっては幸いだな。ベアトリス中佐を敵に回さずに済んだのだから」

 ベアトリスは緊張を強め、呟くように言う。
「敵、ですか」
「俺の前に立ち塞がる者は敵だ。必要なら排除する。たとえ誰であろうと。父上でさえも例外ではない」
「…………」
 ベアトリスは、ノアとオリヴィアの顔色を窺った。
 ふたりに動揺は見られない。どちらも、エルバートと運命を共にすることをすでに決意しているようだった。

 ベアトリスの視線に気付いたノアは、わざとらしく肩をすくめた。
「少将になったと言っても、私は各方面から嫌われていますからね。エルバート様が完全に失脚すれば、私も力を失います。それは避けたい。ゆえに協力するしかないのですよ」
「そうですか……」
 ベアトリスとしては曖昧に反応するしかなかった。

「全方位に喧嘩を売ってきたツケね」
 嘲笑するように言ったのはオリヴィアである。

 ノアは苦笑を返した。
「喧嘩を売ったつもりなんて一度もないんですけどねぇ。しかしその点で言えば、オリヴィア補佐官ならあまり問題はないでしょう。エルバート様を見限って別の有力者に取り入ることも可能なのでは? 今からでも遅くはありませんよ」

「そうした方が大きなメリットを得られるのであれば、もちろんそうするけれど、まだその時じゃないわ。エルバート様が実権を握れば、側近である私も、当然の流れとして重責を担うようになる。誰に寝返ったところで、これを上回るメリットがあるとは思えないもの」

「それは、何もかもが上手くいった時の話でしょう。現状のエルバート様は軟禁状態で、王位継承権の剥奪も避けられない身です。失脚寸前、いえ、確定状態とすら言えます。前途多難どころの話ではありませんよ。成功すれば重臣への道が開けるとしても、エルバート様に付き従ったままでは、メリットに対してリスクが莫大でしょう。果たして割りに合う選択ですかね」

「リスクなんてものは、己の才覚次第でどうにでもなるわ。私の選択基準はメリットのみよ」
「第一王子が健在だった頃からエルバート様を支持してきた理由はそれですか。最近で言うと、拷問の中止命令を無視したのも。それに――」
「拷問を実行したのはあなたでしょうに」

「話を遮らないでもらえませんか」
「横道に逸れているからよ」
「まあ良いでしょう。ですが、これだけは言わせて頂きます」
 ノアはエルバートに視線を向けた。
「補佐官は危険ですよ。失敗した時のことを考えないなんて、常軌を逸しています。また いつか勝手なことをするでしょう。一度それで痛い目を見たではありませんか」

「しかしこの女は有能だ。でなければとっくに殺している」
 表情を変えずにエルバートは言った。

「あら、穏やかではありませんわね」
 オリヴィアは微笑んだ。

 彼女の笑顔にノアは危惧を深めた。
「ここまで言われても笑っていられるというのが、どうも気になるんですよね。リスクを考慮しないにも程がある。怪物じみていると言いますか」

「要は使い方だ、ノア。この女に実権は持たせない。仕事はあくまでも俺の補佐。もちろん、細々とした案件の処理は任せることになるが、大局的な判断は常に俺が下す。それで問題ないだろう。過去はどうあれ、現在に限れば、俺とオリヴィアの思惑は一致しているしな」
「補佐官を使い続けようとするあなたも大概どうかしていますよ」

「お前にそんなことを言われるのは心外だ。まあいずれにしろ、オリヴィアの人格を問題視している場合ではないだろう。当面は、俺の政治的立場を取り戻すことに注力しなくてはならない」
 ノアとオリヴィアは同時に頷いた。
 そして、エルバートを含めた3人の視線が、戦姫に集まる。

「俺は、目的のためなら武力の行使も辞さないつもりだ。そこで、ベアトリス中佐。あなたの力を貸して欲しい。以前にも同じようなことを言ったが、あの時とは状況が違う。だから、改めて要請する」
 ベアトリスは迷わなかった。
「私の返答も前と同じです。国王陛下の真意が何であるにせよ、ここまで冷たくあしらわれるようなら、仮に取り入ることができても先が知れています。あえて向こう側に付く理由はありません。それに、私は前々から思っていました。あなたの才気に賭けてみたいと」
「すまない。中佐には苦労を掛けると思うが、後悔はさせない」

「ですが、これからどうなさるおつもりですか? 武力の行使というのは、つまり……」
「公式には俺は未だに新領土を治めている。父上が王都に戻って正式な辞令を発するまではな。で、その父上は、俺の支配圏である新領土にまだ居るわけだ」
「…………」
「俺から権力を取り上げないよう、お願いをしてみようじゃないか。普通に頼んでも話を聞いてはもらえないだろうから、少しばかり強引な頼み方になるが」

「デューク少将がこの場に居ないのはそれが理由ですか?」
「あいつはたぶん、俺のやり方には反対するだろう」
「彼なら、いくら意見の相違があったところで、最終的にはあなたの味方になってくれるのでは?」
「だからこそ、あいつにはあいつの役割があるんだ」
「と言いますと?」
「デューは本国に帰す」
 その一言でベアトリスは今後の構想を察した。

「……本人には伝えているのですか?」
「いや、あいつに腹芸ができるとは思えないからな。伝えない方が上手くいく確率は高いだろう」
「かもしれませんが、危険な賭けですね」
「だが、避けて通るわけにはいかない」

「ひょっとしたらデューク少将はあなたに怒りを感じるかもしれませんが……」
「たとえそうだとしても、あいつが俺を見限ることはないさ」
「幼馴染みだからですか?」
「それもある」
「他にも何か?」
「あいつの考えそうなことは大体 分かるからな」

 ふたりの遣り取りにノアが首を傾げる。
「仮にデューク少将が完全な敵になったとして、いったい何の問題があるのです? 彼は特に有用な駒というわけではありません。我々の手元に帰ってこなかったとしても、惜しくはないでしょう」

「あなたという人は、まったく……」
 オリヴィアは大袈裟に溜息を吐いた。

「なんですか、補佐官。まるで、自分はエルバート様の心情を理解しているとでも言いたげですね」
「ええ、理解しているわ。この件に関してはね。デューク少将は、エルバート様の幼馴染みでしょう。自分のそばに居て欲しいと思うのが人間の心情というものよ。たとえ、デューク少将が凡俗であろうとね。いえ、むしろ、凡俗だからこそ、手元に置くことで自己満足に浸れるのかもしれないわね」
「そういうものですか」

「この程度のことがどうして分からないの? もう少し人の気持ちというものを考えてみてはいかが?」
「今ので理屈は分かりました。共感はできそうにありませんが」
「まあ、その点は私も同じだけど」

 エルバートはこめかみを押さえながら言った。
「デューほど信用できる人間は居ない。手持ちの戦力を丸ごと預けられる相手が居れば、戦略の幅も広がるだろう。持ち駒の有用性は、個々の能力だけで決まるわけではない。今回は特にな」

「確かに、忠誠心の高い部下は貴重です」
 ノアが同調し、付け加えた。
「少なくともここには居ませんしね」

 ベアトリスはわずかに渋い顔を作った。このふたりと一緒にされてはかなわない、と思ったゆえである。
 とはいえ、国王陛下と接触を図っていたという事実がある以上、大きな声で否定することもできない。
 これからの戦いで信用を勝ち取っていくしかないだろう。

「さて、具体策を詰めていこうか」
 エルバートは3人の顔を見回した。


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