水の星、世界を手に入れる男
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『水の星、世界を手に入れる男』
第34話 ベアトリス中佐

 戦姫ベアトリスの立場は依然として微妙なものであり、したがって、明確な戦功を上げたにもかかわらず、昇進が決まるまでには多少の時間が必要だった。

「ようやく本国から許可が出た。待たせてすまない。中佐に昇進だ。あなたの功績を考えれば大佐の席を用意しても良いところだが、知っての通り、俺の現状は危うい。そこまでは無理だった」

 エルバートの言葉にベアトリスは目を伏せた。
「私のために何度も本国に働き掛けて頂いたと聞いています。有り難くはありますが、あまり無理をしないでください」
「俺自身のためでもある。今後もあなたの力を頼りにさせてくれ」
「恐縮です。私で良ければ、いくらでも」

 いつも以上に柔らかな彼女の口調に、エルバートは、自分が気遣われていることを察した。
 それに対して感謝の気持ちは湧いてこない。
 ただ安堵していた。
 ベアトリスは貴重な戦力であり、彼女を手元に置いておけるかどうかで、今後の方針も変わってくる。
 戦姫が自分に同情的であるという事実は大変 都合が良かった。

 エルバートは言った。
「あなたを頼って亡命してきた軍人は、まだ途切れていないらしいな」
「ええ。さすがに今後の流入数は減少していくでしょう。すでにその傾向は見え始めています」
「しかし大した数だ。遠方で散り散りになった者たちがこれほど集まってくるということは、よほどの人望があったということかな」
「レイラ女王の統治下では、私の配下だった者に居場所など ありはしないのです」

「……居場所か。カーライル軍に入っても、元々の地位に相応しい職責を担えている者は、極一部に過ぎない。問題であることは認識しているが、今すぐに解決できることではない」
「無位無冠だったこれまでに比べれば遙かに恵まれています。彼らも理解しているでしょう」

「新領土の獲得で、軍拡の必要性は増している。先の海戦で捕獲した艦があるから、兵の数は多ければ多いに越したことはないんだがな。士官となると、どうしてもカーライル貴族が優先されてしまう」
「仕方ありません。我が国が逆の立場であったとしても、同じことになるはずです」

「馬鹿馬鹿しい話だ。出自で人事を決めるなんて、非効率極まりない。本当ならあなたには、艦長ではなく司令官になってもらいたいところだよ。というか、俺が権力を握ったらそうするつもりだ。あなたも、自分の艦隊を持った時に、艦長に据えたいと思っている配下は何人か居るだろう?」
「居ないこともありませんが」

「人事に関しては実力主義であるべきだ、と俺は思う。出身地の話だけじゃなくな。たとえば身分とか」
「身分?」
「現状、平民は、艦長にも参謀にもなれないだろう。目一杯出世しても、副長まで。階級は大尉。それより上は、貴族のための席だ」

「諸外国に比べれば進歩的な制度でしょう。最近になって行われた軍改革のおかげですね。シーザー王と言えば我がハル王国でも進歩派として有名でしたよ」
「改革は不十分だ。平民の司令官が出てくるくらいでなければな」

「そこまですべきことでしょうか?」
「反対なのか?」
「どちらかと言えば、そうですね。積極的に反対するほど抵抗感があるわけではないのですが」
「反発はむろんあるだろうな。半端なものではないだろう」
「それが分かっていても推し進めるだけの価値がある、とお思いですか」

「考えてもみてくれ。貴族なんて、全人口からすれば少数だ。その中から優秀な奴を集めても限界がある。人口の大多数を占める平民からも逸材を募れば、母数は一気に跳ね上がるだろう。その方が人材の層は厚くなるに決まっている」
「それは確かに……」

 エルバートはベアトリスの様子を観察していた。
 どうやら彼女は、平民の登用と聞いて、こちらの計算通り、ラナのことを連想してくれたらしい。

 ラナが宮中に入った経緯を考えれば、連想するのも当然のことだ。
 そして、『平民の登用を進めようとしているのはラナへの拘りがあるからではないか』と解釈するだろう。
 結果として、ベアトリスは俺への同情心を強めるに違いない。強力な手駒が俺の元から離れる確率はこれでさらに下がったはず。

 平民の登用。この点について嘘を言ったつもりはない。
 すでに、平民軍人の中から、艦長と成り得る人材を何人かリストアップしている。
 むろん、それを実現するには、本国の軍上層部に文句を言われずに済むだけの基盤を整えなければならないが。


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