水の星、世界を手に入れる男
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第一章 第二章 第三章
『水の星、世界を手に入れる男』
第16話 捜索

「おい、エル!」
 エルバートの私室に入ったデュークはベッドに向かって呼び掛けた。
 小さな寝息が聞こえる。
 デュークはエルバートの肩を揺すった。
「エル、起きろ!」
「ん……」
 ゆっくりと目蓋が上がる。

「なんだよ、デュー。奇襲戦の報告なら終わっただろ。昨日 散々やっただろうが」
 エルバートが再び目を瞑ったので、デュークは力任せに毛布を剥ぎ取った。
「話を聞いてくれ!」
「……どうしたんだ」
 さすがにエルバートは眉を顰めた。
 デュークは困惑を露わにしながら言った。
「レイラ女王が消えた」
「…………」

「彼女を軟禁していた部屋には、ふたりの衛兵が倒れていた。衛兵以外には誰も居なかったんだ」
「アレクセイはどこに居るか分かるか?」
「なんでそんなことを聞く? 確かにアレクセイの居場所は掴めていない。こういう時には頼りになりそうだから、彼のことも探しているんだけど」

「アレクセイが主犯の可能性が高い」
「え?」
 寝ぼけているのか、とデュークは思ったが、エルバートが真剣な顔をしているのを見て、そうではないことを悟った。

「け、けど、エル。アレクセイは簡単に裏切ったりしないって言ってたじゃないか」
「奇襲戦の時とは違う。レイラが王宮内に捕らえられているだろ。アレクセイなら彼女を救出することも不可能じゃない。女王の身を手土産にして祖国で復権しようと考える可能性はある」
「どうやって警備の目を掻い潜ったの? アレクセイは王宮の構造には詳しくないはず……」
「んなもん、どうにでもなる。詳しい奴を抱き込めば良いだけだろ」
「…………」
「とりあえず、ラナを呼んでくれ。着替えを済ませたら、俺も対策を練る。このままレイラを逃すとまた面倒なことになるからな。易々と見付かるとは思えないが、何もしないわけにはいかない」

「ラナなら、僕の部下が呼びに行っているんだけど、まだ見付けていないみたいだ」
「なに?」
「見付けたらここに来るよう伝えろと言ってあるから、そのうち来るだろう」
「従者を行かせたのはいつだ?」
「けっこう前だけど。ちょっと遅いね。ここには僕より先に来ていたとしてもおかしくはないと思っていたのに」
「…………」
 エルバートは顔色を変えた。

――――

 執務室で報告を受けたエルバートは憲兵隊長に書類を投げ付けた。
「まだ手掛かりを掴めないのか! 何をやってるんだ!」
 血筋だけでその地位に就いた憲兵隊長は、謝罪するばかりで何ら建設的な提案をできないでいた。

「捜索範囲を王都から国内東域に広げるぞ! 各艦の艦長を集めろ! 今すぐだ! 急げ!」
 指示された憲兵隊長は、逃げるように執務室を出て行った。

 入れ替わりにデュークが入室する。
「エルの言う通りだった。報告によれば、アレクセイの船が消えているらしい」
「やっぱりか」
「今はどこに居ると思う?」
「分からん。俺には分からんとしか言いようがない」

「……アレクセイがレイラを連れているのは、もうほぼ間違いないね。おそらくはラナも。人質のつもりなんだろうか?」
「そうだろう。捕まりそうになった時のための切り札として連れ去ったんだ」
「このままアレクセイがベリチュコフ領に辿り着いたら、ラナはどうなる?」
「分からん。分からんよ。俺には何も分からん」
 早口で言ってエルバートは自らの髪をかき乱した。

「エル……」
「とりあえず、全軍を動員して捜索に向かわせる。王宮の守備兵も動かすぞ」
「守備兵まで?」
「やれることは全部やるべきだろう」

「王都を空にするわけにはいかないんじゃないか。アレクセイの私兵も大半が消えてるんだ。万が一にもここを襲われたらどうする?」
「知ったことか」
「エル」
「…………。最低限の守備隊は残そう。良いだろ、それで」
「良いけど、大丈夫なの?」
「なにがだよ」
「頭に血が上りすぎだ。いつもの君らしくない」
 エルバートが平静を失っているところをデュークが見たのは、これまで数えるほどしかない。
 いずれも、ラナかデュークに危険が迫った時だった。

「いつもの俺ってどんなだよ」
「何でも見透かした気になってへらへら笑ってるような感じ、かな」
「ひどい言い草だな」
「頼もしいと思うよ、そういう余裕の態度。でも、今はそういうのがない。休んだ方が良い。捜索はきっと長期戦になる」
「デューもだいぶ参っているように見えるけどな」

「今のエルよりは大丈夫だよ。少なくともね。君には何度も助けてもらっているんだから、こんな時くらいは力になりたい」
「デューにはいつも助けてもらってるよ。けど、そうだな。少し寝てくるか。その間、捜索の指揮を頼めるか?」
「ああ。小規模だったけど憲兵の指揮は経験がある。僕でも最低限のことはできるはずだ。あと、オリヴィア嬢にも助力を頼もうと思ってる」

「オリヴィアか……」
 エルバートはデュークから目を逸らし、床を睨み付けた。
「駄目なの? 確かにラナとは確執があるし、彼女自身にも色々と問題があるけど、政務における調整能力は抜群だと思う。協力してもらえれば、兵の大量動員もかなり楽に進むはずだ。本来なら彼女に権限はないけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない」
「……そうだな。そうすると良い」
 力無く言ってエルバートは自室に戻った。


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