水の星、世界を手に入れる男
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第一章 第二章 第三章
『水の星、世界を手に入れる男』
第03話 軍議

 カーライル王宮の一室では、ベリチュコフ軍への対応策が話し合われていた。
 会議所の前に来たエルバートは、その場に留まり、扉を隔てた状態で軍議に耳を傾け始めた。

 参加する前に場の雰囲気を掴んでおきたいのか、とラナは一瞬だけ思ったが、エルバートの表情を見て、間違いを悟った。
 観察好きな彼の性癖が顔を出したのだ。危機的状況における軍幹部の会議に興味を持ったらしい。
 普通なら顔を輝かせたりしないようなことでも、時としてエルバートは異常な好奇心を示す。
 やっぱり子供だな、とラナは改めて思いながら、扉から漏れ聞こえてくる声に自分も耳を澄ませた。

 主に意見を述べているのは、軍艦7隻の艦長たちだった。
 ひとりを除いて、籠城策を主張している。

 彼らは口々に言う。
「我が軍の戦力と比較して、ベリチュコフ軍はあまりに強大。戦っても勝ち目などありません。ここは国王陛下の帰還を待つべきです」
「同感ですな。籠城すれば、敵は我らを包囲するはず。しかしここは王国の中心地。外海との接触を一切 断ったところで、いくらかは持ち堪えることができます。そこに国王陛下がご帰還なされば、包囲のために散らばった敵艦隊を、各個撃破してくださるでしょう」
「まさにその通り。機を見て我らも打って出れば、国王陛下の艦隊と連携して敵軍を挟み撃ちにすることもできます」
「確かに。軍神レイラといえども、挟撃に遭ってはひとたまりもないでしょうな。これこそ最善の策」

 籠城を唱えている艦長たちは互いに頷き合った。
 いずれも老年に差し掛かっている軍人である。

「ちょっと待ってくれ。籠城なんてしたら、他の島に住んでいる民はどうなる? ベリチュコフ軍から好き放題に略奪されてしまうんじゃないか?」
 周囲の反応を窺いながら発言したのは、篭城策に唯一異論を唱えているデューク・ストレンジャーだった。

 他の艦長たちと異なるのは主張だけではない。デュークはまだ20歳に達したばかりだった。
 若年でありながら、軍艦1隻の艦長であると同時に、この場に居る艦長すべてを指揮下に収めている艦隊司令官でもある。
 武門の名家のひとり息子として生まれたデュークは、軍内で王族に次ぐ扱いを受け、この年にして少将となり、王都防衛のための艦隊を任されていた。

「デューク司令官、よろしいですか。犠牲を払っているのは民ばかりではありません。私も貴族の端くれであり、わずかばかりの領地を有しておりますが、今はベリチュコフ軍に占領されておるのです。平民に失うべき領地など無きに等しいのだから、むしろ貴族である我々の方が、より多くの血を流しているとも言えましょう」

 ひとりが反論すると、他の艦長も続く。
「左様。なにも我々は、自ら進んで敵の前に民を晒すわけではないのです。苦渋の選択であることをお忘れなきよう願いたいですな。遠征軍が戻ってくるまで王国を守り抜くためには、ある程度の犠牲も必要でしょう。感傷的になっている場合ではありません。これは戦争なのです。何も失わない戦いなどありはしませんぞ」
「そもそも、王国が崩壊して困るのは民ではありませんか。そこのところをお分かりですか、デューク司令官。平民はひとりでは何もできますまい。我々貴族が統治しているからこそ、今の暮らしが成り立っておるのです。一時的に敵の支配下に入ることくらい、王国存続のためには致し方ないでしょう。平民もそう思っているに違いありません。そうは思わない不届き者も中には居るかもしれませんが、そのような輩まで考慮する必要はないでしょう」

 彼らの口調には、若い司令官に譲歩する意志がまるで感じられなかった。
 デュークの地位は血筋によるものであって、能力を評価されてのものではない。彼自身、そのことに負い目を感じているため、配下に反論されると、言葉に窮することが多い。
 それでなくとも、真面目なデュークは、常日頃から年長者に敬意を払っているため、自分が生まれる前から軍人であった年配の艦長たちには、どうしても遠慮がちになる。
 そうしたデュークの心情を艦長たちは見抜いており、だからこそ強硬に主張するのである。
 強気な態度を貫くだけで自分たちの意見を押し通せるのだから、彼らからすれば、やらない手はないだろう。

「ちょっと、エル」
 横から声を掛けられてエルバートは頷いた。
 ラナの言いたいことは分かっていた。確認するまでもない。
 エルバートは扉を開けて中に入った。ラナも後ろから付いていく。

――――

 会議所には、艦長とその副官や参謀など、合わせて30人近くが座っていた。
 開け放たれた扉を見た彼らは慌てて立ち上がった。

「エルバート様、お待ちしておりました」
 老艦長のひとりが恭しく言った。会議に遅れてきたことに対する不満はいっさい表に出ていなかった。
 彼らは、貴族社会において高い地位を得ているわけではない。軍部内においても、かろうじて艦長職に就いているに過ぎない。王族とはあらゆる面で隔絶の差がある。
 第二王子に不敬な態度を取るなど、考えられないことだった。

 むろん内心は別である。この場に居る者のほとんどが、腑抜けた王子への蔑みを心の中で呟いているだろう。あるいは嘆きか。
 いずれにしても、好意的な視線がごくわずかであることは確かである。

 直立不動の面々をエルバートは見回した。
「みんな座ってくれ」
 艦長たちは、気後れした様子を見せながら着席した。続いて、彼らの副官や参謀も、おずおずと腰を下ろす。

 エルバートはその様子を見届けてから、先ほどまでひとりだけ異論を唱えていた若い司令官の隣に座った。
「よお、デュー。お疲れさん」
「あ、ああ」
 気軽に話し掛けられたデュークは戸惑いを見せた。
 他の艦長のように王族の威光に臆している、というわけではない。
 デュークは名門ストレンジャー公爵家の長男であり、王族との距離は近い。どころか、エルバートとは旧知の仲だった。幼少の頃は、ラナも含めた3人で遊び回っていたほどだ。
 デュークが困惑したのは、道端で会ったかのような気軽さでエルバートが声を掛けてきたからだった。
 他の艦長たちの視線が気になったのである。

「軍務中にデューと会うのは久しぶりだな。普段はしょっちゅう顔を合わせてるけどさ」
「今は会議の最中だから、あまり関係ない話は……」
 デュークは列席者の顔を盗み見た。
 露骨に不快感を露わにしている者は居ないように見えるが、胸の内ではどう考えているか分からない。

「おいおい、ちょっと挨拶しただけで固いこと言うなよ。これくらい、軍議でもそう珍しいことじゃないだろ」
「ん、まあ……」
 デュークは頷いた。
 言われてみればその通りだった。会議中に軽く私語を交わすくらいならば、よくあることだ。
 生真面目なデュークはそのことを失念し、軍議の席では個人的な間柄をいっさい表に出すべきではないと思い込んでいたのだ。

 そもそも、エルバートの悪ふざけが行き過ぎた時は、彼の背後に控えているラナが、必ず何らかの注意をする。
 ここでは他の艦長の目もあるため、軽く椅子を蹴って自省を促すくらいのことしかできないだろうが、彼女は今、エルバートの後ろで佇んでいるだけだ。
 このことからも、エルバートの言動に重大な問題がないことは分かるはずだった。

 そこに気付かなかったのは、真面目な性格のせいだけなく、精神的に参っているためでもあった。
 デュークは、国王の遠征に参加することなく、実力相応に留守番部隊を任されて安心していた。いつものように職務をこなしていれば何の問題もない、と思っていた。
 なのに突然、艦隊司令官として国難に対処しなくてはならなくなったのである。

 これまで何度か艦隊の指揮を執ったことはあるが、いずれも無難な采配で片付くような任務だった。
 国家の命運を左右する立場に身を置くのは初めてのことで、彼の心痛はこれまでになく大きかった。

 エルバートがこの場に現れたことに、デュークは心から安堵していた。
 第二王子であるエルバートが艦隊の指揮を執り、自分自身は1隻の艦長を勤める。当然そうなるだろう、とデュークは思った。
 エルバートも少将の地位にあるので、階級上も問題はない。

「とにかく、エル。艦隊の指揮権は滞りなく移譲するよ。異存のある者は居ないか?」
 デュークは室内を見回した。
 手を挙げた者がひとりだけ居た。
 エルバートだった。

「何のつもり?」
 デュークの問い掛けにエルバートは平然と答える。
「なんか、気が乗らないんだよな。面倒臭いって言うかさ」
「…………」
「あとさ、俺が司令官になるのを歓迎する奴なんて、ひとりも居ねえだろ。ああ、お前を除いてな」
「けど今は、第二王子の君がカーライル王国の最高責任者なわけで……」

「順当に考えれば俺が直接指揮を執るべきかもしれないが、そんなんで納得する配下なんて居ないんだって。お前も血筋によって司令官になったけど、俺よりは相応しいだろ。大きな戦果を上げたことはないが、今まで大過なく職責を果たしてきたじゃないか。なにより軍務には真面目に取り組んでいる。艦長たちがどちらを司令官として迎えたいか、考えるまでもない」
「王子の命令に逆らう者なんて居るはずないじゃないか」
「命令拒否の心配をしているんじゃない。士気の問題を心配しているんだ」
「でも、エル。今は緊急事態だ。国難に対処できるほどの器なんて僕にはない。この際、一番有能な者を司令官に据えた方がいいだろう。君が最適なんだ」

 近くに座っている艦長たちは、互いに視線を交わした。その表情は苦り切っている。同意できないと言わんばかりの態度だった。
 この程度の仕草ならば本人に悟られることはない、と彼らは考えているらしい。
 いくらなんでもエルを侮りすぎじゃないか、とデュークは思ったが、口にはしなかった。
 とっくに気付いているだろうエルバートは、艦長たちに目を向けようともしない。

「器ねぇ。デューのそういう謙虚なところは嫌いじゃないけど、どうも度が過ぎているような気がするな。美点には違いないんだろうが」
「話を逸らさないでくれ、エル」
「そんな大きくは逸れてないだろ」
「やってくれるだろ、司令官」
「…………」
 往生際悪くエルバートは黙り込む。

 会議室は静まり返った。
 なぜそこまでエルバートにこだわるのか、と列席者たちが不思議に思っているだろうことをデュークは承知していたが、彼らの疑問に答えることはせず、無言のままエルバートの返答を待った。

 エルバートの椅子が、小さな音を立てた。
 何者かに軽く蹴られたようだった。
 椅子の後ろには、デュークもよく知る少女が立っていた。
 エルも含めた3人で遊んだのはいつ以来になるだろう。この頃デュークはそんなことばかり考えてしまう。昔は毎日のように連れ立っていたというのに。

 エルバートは息を吐いた。
「分かった分かった。やればいいんだろう?」
「やってくれるのか?」
「煩わしいことこの上ないが、こうなったら、さっさと済ませるしかねえだろ」
「分かってくれたのならいいけど」

 どうやらエルバートは、なんだかんだ言いながらも、頼まれれば最初から引き受けるつもりだったらしい。
 本気で嫌なら、どんなことがあろうとも引き受けなかったに違いない。
 子供の頃から付き合っているデュークには、彼の気質がよく分かっていた。
 この状況ではさすがに面倒臭がっている場合じゃないということだろう。
 なんにしろ、エルバートが指揮を執るのなら勝機はある。普段ならともかく、重要な局面でエルバートほど頼りになる男は居ない。
 その確信があるからこそ、司令官の地位を委ねたのだ。

「んで、籠城なんてせずに海戦を挑むべきだとデューは考えているんだな?」
 デュークは答えようとしたが、自身の参謀長であるネイサン・ソウル大佐に遮られた。
「甘いですぞ、デューク少将! 甘い! 失礼ながら、勇気と無謀を履き違えておられるのではありませんか!」
 ネイサン参謀長の声は大きかった。威圧しようという意図を隠そうともしていない。

 彼は元々デュークに好意的ではなかった。
 実績のある自分が、軍に入って数年の若造をなぜ補佐せねばならないのか。
 デュークの家柄を知っていても不満は消えるものではない。

「責任ある立場に居ることを自覚しているのですか、デューク少将!」
「いや、その……」
 デュークは目に見えて狼狽した。

 勢い付いたネイサンはさらに声を荒げた。
「海戦で派手に散れば、デューク少将は自己満足に浸れるのかもしれませんが、道連れにされる兵たちのことはお考えですか!? 残された家族の気持ちは!? そこのところをよく考えてもらいたいものですな! そんなことでは、武門の名家たるストレンジャー公爵家の名を汚すことになりますぞ!」
 列席している老艦長たちが、もっともだと言わんばかりに何度も頷く。

「おい」
 エルバートは不快そうに声を上げた。
「俺はデューに尋ねたんだが、なぜお前が口を挟む? 俺の言葉を聞き違えたのか?」
「い、いえ……」
 ネイサンは口を噤み、頭を下げた。

 エルバートとデューク。同じ若造でも、王族となれば話は違う。
 デュークは王国有数の名門貴族の生まれだが、ネイサンも格下とはいえ同じ貴族である。
 ストレンジャー公爵家がいくら力を持っていても、その権勢がすべての貴族に及ぶわけではない。
 一方、王家はすべての貴族を束ねる立場にある。
 長い歴史の中では、王族の権力が弱まり大貴族が実権を握っていた時代もあったが、現在のカーライル王国は、王家の強い指導力の下で成り立っている。
 エルバートがいかに評判の悪い王子だとはいっても、下級貴族が礼節抜きに接することは有り得えない。

 陰口を叩く際であっても、他に誰が聞いているわけでもないのに皆一様に声を潜め、しかも後には強烈な後ろめたさを覚えるほどである。
 もっとも、だからこそ人々は背徳感に酔い、王族に関する醜聞が広まったりもするのだが。

 畏まっているネイサンを一瞥してからエルバートは改めて言った。
「どうして籠城せずに海戦を挑むべきだと思うんだ、デュー」
「えっと……」
 デュークは、老艦長たちの様子を窺いながら言葉を続ける。
「レイラが軍神として名を馳せてからは、彼女が他国に攻め寄せても、相手が海戦で応じることはほとんどなくなっている。そのためか、近年のレイラは、敵地で無防備になるのも構わず略奪を行うことが多い。伝令からの報告によれば、ベリチュコフ軍は複数の艦隊に分かれて行動している。今なら隙を突いて叩けるかもしれない」

「分散していた方が各地を略奪するのに効率が良いからな」
 エルバートの言葉にデュークは相づちを打った。
「ああ。敵軍の総司令官はレイラだ。ここに居る誰もが知っているように、彼女は征服地の民に容赦をしない。民を守ることが王侯貴族の役目であるからには、命を賭けてでも早期に艦隊戦を仕掛けるべきだ、と僕は思う……」
 自信のなさそうなデュークの声に、彼の参謀はまた何かを言おうとした。

 エルバートが制する。
「少し黙ってろよ、ネイサン参謀長。どうせ、理想ばかりじゃ国は動かないとか、感情に流されては道を誤るとか、そんなようなことを言いたいのだろう。はっきり言っておくが、俺はデューに賛成だ。それを踏まえた上で意見を言ってくれ」
「…………」
 ネイサンは鼻白んだ。
 王子に対して公然と反論するには、相当な勇気と決意が要る。ネイサンは参謀として決して無能ではないが、いきなり王子に問い質されては、沈黙する他なかった。

「もちろん俺は、幼馴染みだからデューに賛意を示しているわけじゃない。籠城も悪くはないと思う。普通はそうするだろう。相手が軍神レイラとなれば、慎重策を取りたくなるもんだ。侵略して好き放題やってるベリチュコフ軍の方だって、俺たちが動くことはないと思っているだろうな。けど、だからこそなんだ。無警戒の今なら奇襲できる」
「成功する保証はありません」
 遠慮がちながらも、ネイサンは否定の態度を崩さなかった。

 へえ、とエルバートは密かに感心した。
 籠城を主張していた老艦長たちは、黙って座っている。参謀長に発言権を譲っているのだ。
 正面から王子に反論したくないという心理もあるのだろうが、この状況では、ネイサンの発言は籠城派の総意と受け取られかねない。そんなことは艦長たちも理解しているはず。
 なのに、ネイサンが先んじて反論するのを誰も止めようとしないのは、彼が艦長連中から一定の信頼を得ている証であると言える。
 デュークの下につけられたことへの不満を隠そうとしないネイサンだが、参謀長としての仕事はしっかりと果たしているらしい。

「参謀長の言うことは分かる。危険は大きいだろうさ。なにしろ敵軍の司令官は軍神レイラなんだからな。どんな手を打ってくるか分かったもんじゃない。けど、そんなことを言ったら、籠城していたって同じことだろう。レイラにみすみす包囲されることが必ずしも得策だとは思えない。一度籠城したらこっちにできることは限られてくる。何もわざわざ戦いの主導権を相手に渡してやることはねえよ」
「ですからそこは時間を稼ぐために――」
「父上が無事に帰ってくる保証はない。この中にも分かってる奴は居るんじゃねえの? 誰も言いたくないってんなら、俺が言ってやる。父上の遠征は高い確率で失敗する。敗走した艦隊が帰ってきたって、即戦力にはならない」

 会議所の空気が重みを増す中、エルバートは言葉を続けた。
「だいたい、来るかどうかも分からないような援軍を当てにしてどうすんだよ。奇襲よりもよほど博打じゃねえか。軍神相手にいつまで籠城していられると思うんだ? レイラの重圧が半端じゃないことくらい、想像つくだろう。本当に長期戦をやる覚悟があるのか?」
「…………」
 ネイサンは反論に窮していた。

 エルバートはさらに畳み掛ける。
「籠城して、民の犠牲の果てに国を守れたとしても、俺たちに残されるのは、荒れ果てた島々だけだ。再興には多大な労力と膨大な年月を要する。これは面倒だぞ、実際。平民は貴族の盾となって当然という論理を是としたところで、国力が衰退することには変わりがない。すでに自分の領地をベリチュコフ軍に占領されている奴もこの中には居るだろうが、そいつにしたって、なるべく早く領地を奪還できた方が良いに決まっている」

 すでに領地を失っている者。これから失うであろう者。状況は様々だが、早期にベリチュコフ軍を撤退させられるのであれば、願ってもない話だろう。
 エルバートは艦長たちの様子を窺った。奇襲に魅力を感じ始めている者が何人か居るようだ、と洞察すると同時に、全体の空気を変えるには至りそうにないな、とも思った。
 ネイサン参謀長の反対が大きかった。
「それができれば最初からそうしております、エルバート様。ここは焦るべきではありません」

「んー……」
 エルバートは頬を掻いた。
 なるべくなら合意の上で作戦を進めたかったが、どうやらそうも行かないらしい。
 こうなったら無理やり話を進めるしかないだろう。でなければ、籠城の上で長期戦なんていう億劫極まりない事態になってしまう。
 強権を振りかざすのは好きじゃないが、手段を選んではいられない。

 普段より少しだけ大きく息を吸ってからエルバートは言った。
「できるからやると言っている。焦ってなんかねえよ。軍神ひとりをどうにかすることくらい、やってやれないことはない」
「…………」
「さて、俺の考えは説明した。あとは実行あるのみだ。司令官が方針を固めたなら、その成功のために尽くす。配下ってのはそういうもんだろう」
「しかし――」
「従えない? だとしたら、代わりの者を参謀長にするだけだが?」
「い、いえ、従えないなどということは決して……」
「なら結構。レイラ奇襲のために作戦を詰めていこうか。ああ、一応、他の者にも聞いておこう。王国を守るための戦いに付いて行きたくない者は居るか? 嫌だと言うのなら仕方ない。俺たちが死闘を演じている間に王都でぬくぬくと待機することを許可してやろう」

 誰も返事をしなかった。聞く前から分かっていたことだ。
 仮に自分だけが生き残れたとしても、むざむざ第二王子を戦死させたとなれば、後日 責任を問われることになる。

「反対意見はないようだな。んじゃあ、デュー」
「え?」
 いきなり話を振られてデュークがたじろぐ。
「真面目なお前のことなんだし、作戦案の細部もすでに検討済みなんだろ。聞かせてくれ」
「あ、ああ」
 デュークはおずおずと説明を始めた。

――――

 会議が終わり、参加者が足早に立ち去っていく中、ひとり悠然と席に座ったままの男が居た。
 名をアレクセイと言う。

 アレクセイは、人並み外れて大きな体躯をしていた。中年と呼ばれる年齢に達してからは横幅に厚みが出てきたが、筋肉質なため肥満の印象はない。
 黙ってその場に居るだけでも周りを威圧するような体格だった。

 強烈な存在感に反して、アレクセイが会議中に口を開くことはなかった。
 彼の出自に関係がある。
 アレクセイは、敵国ベリチュコフの元貴族で、若い頃にカーライル王国の調略に応じて寝返ったのだった。

 アレクセイは腕を組んで天井を仰ぎ見た。
 あの時の判断はどうやら誤っていたようだ。ベリチュコフ軍に領内深くまで侵攻されている現状を考えると、己の間違いを認めるしかない。
 まあしかし、レイラの力を当時から予見できるはずもないが。

 レイラとは何度か会ったことがある。彼女がまだ小さかった頃のことだ。
 無邪気で可愛らしかった幼子が、軍神と呼ばれるようになり、周辺国を呑み込もうとするとは……。

 潮時かもしれない、とアレクセイは思う。
 カーライル軍の一員として、ベリチュコフ軍の戦力削ぎ落としに力を尽くしてきたが、結局レイラの侵攻は防げなかった。
 もはやカーライル王国の運命は風前の灯火と言える。

 とはいえ、自分だけ早々に降伏しても、簡単に通るとは思えない。なにしろ、一度 祖国を裏切っているのだから。
 何か手土産があれば話も違ってくるのだが、どうしたものか。
 アレクセイは思案に耽った。


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